さっぽろ自由学校「遊」2023後期講座 先住民族の森川海に関する権利3―川とサケとアイヌ民族・第5回「藻別川(もべつがわ)流域における開発の歴史とアイヌの権利」(2024年2月19日)スピーチ予稿
平田剛士 プロジェクト運営メンバー/フリーランス記者
こんばんは、フリーライターの平田剛士です。このようにお話しする機会を与えていただき、ご来場のみなさま、オンラインでご覧くださっているみなさま、また主催者のさっぽろ自由学校「遊」のみなさまに感謝いたします。
2022年の夏の初めに始動しましたこの「森・川・海のアイヌ先住権研究プロジェクト」、北海道の自然資源に注目しまして、森・川・海のフィールドごと、あるいは動物・植物の種類ごと、あるいはまた時代ごとに、先住民族がどんなふうにそれらを利用してきたか、どんな経緯でそれを利用できなくなったのか、これがいわゆる先住民族の諸権利と呼ばれるものだと思いますが、それを具体的に見つけ出して、みなさまの目の前に並べて「見える化」しましょう、という取り組みです。
いまこの社会が妨げてしまっているアイヌ固有の諸権利を、じゃあこれからどうやって再びアイヌのもとに戻していけばいいのか、「見える化」したものをみなさまと一緒に吟味しながら、各地域で具体的に語りあうための材料をご提供できれば、というふうに考えています。
「川でサケを捕ったら密漁」?
この講座の前半で小泉雅弘さんが詳しく語ってくださった藻鼈川(もべつがわ)をめぐる半世紀のストーリーは、もう15年ほども紋別に通いつめて、地元の紋別アイヌ協会を深く長くサポートされてきた小泉さんならではのご報告だったと思います。
鉱山開発、農地開発、漁業開発、コタン解体と港湾開発、工場誘致、公害による川や海の汚染、廃棄物処分場建設にバイオマス発電所建設と、それをしてきた当人たちが自覚していたかどうかは分かりませんけれど、こうして並べてみせていただくと、まさに植民地主義的かつ排他的・独占的な自然資源の開拓・開発が、オホーツク地方の一都市で、休みなく続いていることが、はっきりと「見える化」されたと思います。
いま80歳を迎えられた畠山敏さん(紋別アイヌ協会会長)は、その節目節目ではっきりと抗議の声をあげ、時に激しい抵抗活動を展開してこられましたが、われわれ和人が圧倒的に多数派を占める社会はほとんど黙殺してきたし、しまいには北海道庁と北海道警察が検挙・送検までして、畠山さんの声をかき消しにきました。送検のあと、2020年の年明けですが、畠山さんはついに倒れてしまい、現在も自宅を離れて介護施設でリハビリ治療を受けながら毎日を過ごしておられます。
このとき、つまり2019年9月1日のことですが、北海道庁が畠山敏会長と他のお二人を刑事告発した容疑は、水産資源保護法違反、北海道内水面漁業調整規則違反というものでした。
このうち水産資源保護法(1951年)は、内水面(川・湖)でのサケ漁を禁じています(28条)。「川でサケを捕ったら密漁」というのをお聞きになったことがあるかも知れませんが、これがその根拠法というわけです。
この法律は、このようにいったん川でサケを捕るの全面的に禁じたうえで、例外的捕獲を許可する権限を農水大臣や都道府県知事に与えています。
「サケ特別採捕(トクサイ)許可制度」とは?
北海道では〈試験研究、教育実習、増養殖用の種苗の供給又は内水面における伝統的な儀式若しくは漁法の伝承及び保存並びにこれらに関する知識の普及啓発〉を目的とする採捕者に事前の許可証取得が義務づけられています(北海道漁業調整規則52条)。これが特別採捕(トクサイ)許可制度です。この制度のもと、トクサイ許可証を得た全道9つのさけ・ます増殖事業協会などが遡上親魚の大半を捕獲しています。
この条文のうち、アンダーラインを引いた〈伝統的な儀式若しくは漁法の伝承及び保存並びにこれらに関する知識の普及啓発〉の文章は、アイヌ民族の儀式にともなう川サケ捕獲を念頭に、北海道が2005年に追加したものです。ついでにいうと、2019年4月にアイヌ施策推進法ができたことにともない、総理大臣による「認定アイヌ施策推進地域計画」に盛り込まれたトクサイ事業について、北海道は許可申請の手続きを、ほんのじゃっかんですが、簡略化しました。
まさにその同じ2019年の藻鼈川に新しいサケを迎える儀式、カムイチェㇷ゚ノミに際して、畠山敏さんと紋別アイヌ協会が特にこだわって拒絶し通したのが、このトクサイ許可申請の手続きでした。先住民としてのアイヌの権利、国連宣言(UNDRIP)第26条から28条に書かれている「資源に対する権利」―それらの権利を阻害しているシンボル的なものとして、畠山さんたちはこのトクサイ制度を捉えていたんだと思います。
第26条 土地や領域、資源に対する権利
- 先住民族は、自らが伝統的に所有し、占有し、またはその他の方法で使用し、もしくは取得してきた土地や領域、資源に対する権利を有する。
- 先住民族は、自らが、伝統的な所有権もしくはその他の伝統的な占有または使用により所有し、あるいはその他の方法で取得した土地や領域、資源を所有し、使用し、開発し、管理する権利を有する。
- 国家は、これらの土地と領域、資源に対する法的承認および保護を与える。そのような承認は、関係する先住民族の慣習、伝統、および土地保有制度を十分に尊重してなされる。
第27条 土地や資源、領域に関する権利の承認
国家は、関係する先住民族と連携して、伝統的に所有もしくは他の方法で占有または使用されたものを含む先住民族の土地と領域、資源に関する権利を承認し裁定するために、公平、独立、中立で公開された透明性のある手続きを、先住民族の法律や慣習、および土地保有制度を十分に尊重しつつ設立し、かつ実施する。先住民族はこの手続きに参加する権利を有する。
第28条 土地や領域、資源の回復と補償を受ける権利
- 先住民族は、自らが伝統的に所有し、または占有もしくは使用してきた土地、領域および資源であって、その自由で事前の情報に基づいた合意なくして没収、収奪、占有、使用され、または損害を与えられたものに対して、原状回復を含む手段により、またはそれが可能でなければ正当、公正かつ衡平な補償の手段により救済を受ける権利を有する。
- 関係する民族による自由な別段の合意がなければ、補償は、質、規模および法的地位において同等の土地、領域および資源の形態、または金銭的な賠償、もしくはその他の適切な救済の形をとらなければならない。
北海道のトクサイ制度に対する、紋別アイヌ協会・畠山敏さんの捉え方は的を射ていた、とわたくしも思います。遅ればせながら、この制度の正体を見極めたいと思って、去年の秋に情報公開制度を利用して、実際のトクサイ申請書やトクサイ許可証、トクサイ報告書といった書類を過去5年分、入手しました。まだ分析し切れていないのですが、先月、札幌ワイルドサーモンプロジェクト市民フォーラムというイベントで、このことに関して小さなポスター発表をしましたので、きょうはそれをちょっと詳しくご紹介いたします。
北海道の川のサケを独占する人工増殖事業
先ほど触れましたように、水産資源保護法という法律名からしても、また内水面、つまり河川湖沼でサケを捕っちゃダメ、という条文からも、いったん川に戻ってきた親サケ、また川で生まれて海に下るまでのサケ稚魚は完全に保護されているんだろうな、という印象を、われわれ、受けがちですけど、実態は正反対で、北海道の島じゅうで、川に戻ってきたサケの大半が一網打尽に捕獲されていますし、前回の講座で講師の稗田一俊さんが繰り返しご指摘だったように、サケを含む魚類の産卵環境の喪失は著しく、水産資源保護法がその防波堤役を果たしてきたとはとうてい言えません。
川に帰ってきたサケを一網打尽に捕まえているのは、サケの人工増殖事業です。こちらは、サケの人工孵化増殖事業のために設けられた孵化場の配置図です。民間施設と国営・道営施設をあわせて125カ所あります。
これらの孵化場にサケ親魚を送り込むために、全道9つのさけ・ます増殖事業協会が「トクサイ」制度をつかって、北海道知事の許可証を申請取得して、たとえば2022年度は全道114本の川で合計407万5243尾1のサケ親魚を捕獲しました。
さすがに一匹残らず捕るのは不可能ですが、沿岸の商業漁業の定置網のかいくぐり、川に入ってトクサイのウライや網も免れて、自然産卵地に向かう「エスケイプ」と呼ばれる魚の割合は、かなり低いと考えるのが合理的だと思います。
たとえば石狩川水系では2022年度、日本海さけ・ます増殖事業協会が千歳川で運転する捕魚車、いわゆるインディアン水車で58万7475尾2のサケ親魚が捕獲されたのに対し、札幌の豊平川への遡上数は推定2648尾3でした。また旭川市の忠別川への推定遡上数は414尾4です。ほかの支流にも遡上して自然産卵に臨んでいるサケがいるのは確かですが、豊平川と忠別川以外ではきちんと調べられていないので、数字は分かりません。
ただ、孵化場送りの数と比べて、網を逃れて自然産卵のステージにたどりつくエスケイプたちがケタ違いに少ないのは間違いないでしょう。石狩川に限らず、北海道の川のサケは、「法律によって厳重に保護されている」というイメージとは裏腹に、孵化増殖事業が独占しています。その独占を法的に保障しているのがトクサイ制度です。
北海道知事トクサイ許可証の「アイヌ差別」
このようにお話しすると、「でも2005年以降はアイヌの儀式用にも門戸を開いたんだから、独占的・排他的とまではいえないんじゃないの?」と思われるかも知れません。たしかに条文がこのように変わった時、わたくしも「門戸がちょっと開いたかもしれないな、よかったな」と感じた覚えがあります。でも今回開示を受けた書類を見比べて、それは希望的観測に過ぎなかったと痛感しました。
お手元にお配りしたのは、開示を受けたトクサイ許可書類のプリントアウトの一部です。一例として、新ひだか町を流れる静内川のサケトクサイの例をお示ししています。
この川では地元の「NPO新ひだかアイヌ協会」と、「静内アイヌ協会」のみなさんがそれぞれアシリチェプノミに合わせてトクサイ許可を取得してサケを捕獲しています。また下流の豊畑孵化場というところで日高管内さけ・ます増殖事業協会がトクサイ許可を得てサケを捕獲しています。2022年度の捕獲実績は増協が9万9684尾、アイヌ団体が計201尾でした。この数字だけをみても、ものすごい格差がありそうだと想像できます。
さて、許可書類を詳しく見てみます。水産資源保護法の同じ第52条にもとづいているはずのなのに、増殖事業協会とアイヌ団体では、まず北海道庁の担当の窓口が異なります。増殖協会の許認可は水産林務部水産局漁業管理課「サケマス係」、アイヌ団体からの申請受け付け窓口は「遊漁内水面係」です。
書類のフォーマットも異なっていますね。初めてこれをみて「えーっ」と思ったのがここです。アイヌ団体では「サケマス100尾以内」とある欄、増協の申請書には「余白」と書いてあります。これ、アイヌ団体にはリミットを設けるけど、増協が捕る分には捕獲尾数の上限なし、ということです。 もうひとつ、条件欄の書き方も大きく違っています。アイヌ団体の場合は、こうあります。
「採捕した水産動物は、伝統的な儀式若しくは漁法の伝承及び保存並びにこれらに関する知識の普及啓発に供すること以外の目的に用いてはなりません。」(静内アイヌ協会あて、2023年8月16日づけ「許可調書」から)
目的外使用を厳しく戒めていますね。じっさい、たとえばわたくしは以前、三石アイヌ協会や静内アイヌ協会、ラポロアイヌネイションのみなさんのトクサイの現場を見学したことがあるのですが、アイヌたちが許可尾数を超えて捕っていないか、捕った魚を転売したりしていないか、つまり商業利用していないか、振興局や町役場の担当職員たちがずっとひっついて監視していますし、報告義務も厳格です。
いっぽう、北海道知事が増協に出した許可証の記載はこうです。
(別紙)条件
(1)試験研究等の実施に当たっては、この許可証の記載事項を遵守しなければならない。
(2)採捕したさけ(及びます)は、人工ふ化放流事業の用に供しなければならない。ただし、次に掲げるものについては、この限りではない。
ア 採卵、受精後の魚体
イ 人工ふ化放流事業に選抜されたもの以外の親魚及びその卵と精
ウ 疲弊している親魚及びその卵と精
エ 損傷親魚、疾病親魚、へい死親魚及びその卵と精
オ 採卵に不適な小型親魚、仮死親魚、奇形親魚及びその卵と精
カ 採卵時に確認された体内死卵、未熟卵、吸水卵、出血卵及びその魚体
(3)(4)略
(日高管内さけ・ます増殖事業協会あて、2023年8月3日づけ「特別採捕許可調書」)
これ、「条件」となっていますけれど、中身は制限解除の羅列です。とくにここ、「イ」の但し書きには、捕った魚のうち、孵化場に運んでタマゴや精子を絞る魚以外の、いわば人工ふ化に使わなかったサケがぜんぶ、あてはまります。それを自由にして良い、という北海道知事のお墨付きにほかなりません。
さきほど、2022年度の増協による捕獲数を407万5243尾と申し上げましたが、全道125箇所の孵化場で受け入れ可能な数は、このうち121万7300尾です。差し引き285万7943尾は、もうキャパがいっぱいで孵化場には送れません。但し書き「イ」、「人工ふ化放流事業に選抜されたもの以外の親魚及びその卵と精」にあたります。各地の増殖協会はこれに該当するサケに「不要親魚」という名前をつけて、川から市場へ、高価なイクラごと売却して、全道合わせて毎年数億円~10億円前後の収益をあげています。
これは、水産資源保護法が全面的に禁じている「川サケのコマーシャルフィシング」そのものです。わたくし、2020年の「遊」のカムイチェㇷ゚プロジェクト研究会でこのことを調べた時、これって水産資源保護法違反じゃないの、と思ったのですけれども、こうして知事の許可書類を見たら、小さな字でちゃっかり「合法化」されていたんですね。
増協関係者の方にうかがうと、サケの人工増殖事業はもう長い間、慢性的に経営難で、こうやって親魚やイクラの売却して得られる収益なしには成り立たないのだそうです。「じゃあ仕方ないね」と、北海道知事が「無制限に捕って良いゾ」「余った魚は販売して儲けても良いゾ」と、それこそ特別な権力をふるって、お墨付きを与えているわけですね。
最後にもうひとつ、畠山さんがもっとも怒りを表しておられた点ですが、北海道はアイヌのトクサイ申請者に対して、「同意書」というものを添付するよう求めています。アイヌは、サケを捕りたかったら、あらかじめ地元の増殖事業協会に計画を知らせて、捕獲希望数や捕獲場所などを示して許可をもらってきなさい、というのです。こちらがそのコピーです。
逆の流れはありません。増殖協会は、地元のアイヌに捕獲計画の開示も相談も断りも承諾もなしに、トクサイ許可を得て、独占的にサケを捕って、大手を振って目的外の商業利用を、少なくとも1980年代から続けています。先住民族の諸権利について知識をお持ちのみなさんなら、ここでもまた「まったくあべこべだ」とお気づきになるでしょう。参考までに、お手元にUNDRIP32条、事前の十分な情報に基づく自由な合意を保障される権利、いわゆるFPICに関する条文を載せました。
第32条 土地や領域、資源に関する発展の権利と開発プロジェクトへの事前合意
- 先住民族は、自らの土地または領域およびその他の資源の開発または使用のための優先事項および戦略を決定し、発展させる権利を有する。
- 国家は、特に、鉱物、水または他の資源の開発、利用または採掘に関連して、彼/女らの土地、領域および他の資源に影響を及ぼすいかなる事業の承認にも先立ち、先住民族自身の代表機関を通じ、その自由で情報に基づく合意を得るため、当該先住民族と誠実に協議かつ協力する。
- 国家は、そのようないかなる活動についての正当かつ公正な救済のための効果的仕組みを提供し、環境的、経済的、社会的、文化的またはスピリチュアル(霊的、超自然的)な負の影響を軽減するために適切な措置をとる。
アイヌと増殖協会、先住民族と入植者と言い換えてもよいと思いますが、同じ法律、同じ調整規則にもとづいているのに、両者の間で非常に格差のある、アンバランスなかたちで運用されている、これがトクサイ制度の正体です。
しかも、そのアンバランスは、行政のさじ加減によって生み出されているものです。ラポロアイヌネイションの訴訟で、原告のみなさんは、先住民と入植者の区別なく一律にサケ採捕を禁じる水産資源保護法自体が違法だと主張なさっていますが、条文から実際の運用まで徹頭徹尾、あからさまな先住民族差別がここでいま起きている、というふうに言えると思います。畠山さんが、身をもってそれを教えてくださいました。
これからどのようにしてサケにまつわるアイヌ先住権を回復し、かつサケなどの自然資源の保全をはかればいいのか、きょうのお話を含め、森川海プロジェクトの研究成果が、みなさまの議論の材料になればと願っています。
わたくし、なにぶんサケ好きなもので、かなりマニアックなお話になってしまいました。わかりにくい部分もあったかと思いますが、最後までお聞きいただき、たいへんありがとうございました。
- 令和4年度 さけ 魚捕獲採卵成績(捕獲採卵・補完河川)/公益社団法人北海道さけ・ます増殖事業協会「第10事業年度 事業報告書」 ↩︎
- 令和4年度 さけ 魚捕獲採卵成績(捕獲採卵・補完河川)/公益社団法人北海道さけ・ます増殖事業協会「第10事業年度 事業報告書」 ↩︎
- 札幌市豊平川さけ科学館「豊平川のサケ稚魚放流数と親魚遡上数」
https://salmon-museum.jp/2023/05/14/686(2024/02/14閲覧) ↩︎ - 山田直佳、福澤博明、川辺英行「石狩川水系忠別川におけるサクラマスとシロザケの産卵床数の2022年の記録」、『旭川市博物館研究報告第29号・旭川市科学館研究報告第18号 2022年度』2023年 ↩︎
2024年2月19日夜、さっぽろ自由学校「遊」の講座「先住民族の森川海に関する権利3―川とサケとアイヌ民族・第5回「藻別川(もべつがわ)流域における開発の歴史とアイヌの権利」でのレクチャーから