10月~3月 講座開催中「先住民族の森川海に関する権利 5—アイヌ先住権を“見える化” する」

ただいま進行中!「アイヌモシㇼ170年の歴史年表」

「アイヌモシㇼ170年の歴史年表」づくりに携わったプロジェクトメンバー、平田剛士と七座有香が、年表づくりを通して感じたことや得た学びをふりかえり、ご報告します。

もくじ

「完璧な年表」はありえない 平田剛士(フリーランス記者)

「アイヌ先住権を見える化する」というこのプロジェクトで、ぜひ取り組んでみたいと考えたひとつが「年表づくり」でした。

先住民族アイヌの諸権利が、歴史に根ざしていることはいうまでもありません。「(いま妨げられている)先住権の見える化」とは、一面、時間をさかのぼって、いつ・どこのだれが・どんな理屈でそれら諸権利を制限(禁止)し始めたのか、原因を突き止める作業そのもの、と言えます。

何かのテーマについて調べものをする時、いろいろな情報源にあたって集めた資料を、時系列で整理すると――つまり年表化すると――いっけんバラバラだった断片同士が結びついて、ストーリーが見え出すことがあります。別ジャンルの年表と照らし合わせると、関係なさそうだったいくつかの事件が同じ時期に並んでいるのに気づいて、「もしかすると互いに影響し合って起きたのでは?」と新しい見方が生まれたりします。空白期間が続いたら、そこを埋めるべく、調べを進める指針にもなります。

とすれば、年表は、出来合いのものをただ眺めているだけではもったいない。自分でつくって、項目を増やしたり削ったり、分割したり合体させたり、たえず自由に編集しながら使ってこそ真価を発揮する、いわば「思考の道具」といえそうです。Microsoft Excel(マイクロソフト・エクセル)などの表計算ソフトを活用すれば、編集の作業自体にハードルはほとんどありません。

いま「年表は自作してこそ真価を発揮する」と書きましたが、逆に言うと、この世に「だれにとっても完璧な年表」はありえません。私たちが「アイヌ先住権の見える化」のために広く提供できるとしたら、それは、各自の自由な年表づくりやその編集に利用できる「素材」だけです。とはいえ、じつは筆者自身の実体験が発端なのですが、年表の自作に取りかかるさいの土台代わりに、先住民族アイヌの諸権利(先住権)に関係しそうな主だった事件・できごとのデジタル年表があらかじめネット上にあったらきっと重宝だろうな、と考えました。

「先住権に関係しそうな主だった事件・できごと」の年表は、歴史学研究者のみなさんによってすでにたくさん出版されています。たとえば、高校生向けにつくられた加藤博文・若園雄志郎編『いま学ぶアイヌ民族の歴史』(山川出版社、2018年)は、時代順に分割した全6部、それぞれの冒頭ページに小さな年表を掲げ、約3万5000年前(〈北海道島を含む日本列島に人類渡来〉)から西暦2020年(〈国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園整備予定〉)までをカバーしています。また榎森進『アイヌ民族の歴史』(草風館、2008年)は、厚さ5センチ、本文639ページの大著ですが、巻末に計25ページにわたる年表(紀元前300年ごろ~西暦2006年)を収録しています。
ただ、これらは紙の書籍です。これから各自が自作する年表の「素材」として扱うには、いささか使い勝手がよくありません。

そこで、これら歴史学の成果をありがたく活用しつつ、「アイヌ先住権の見える化」(=歴史をたどって原因を突き止める作業)に役立つデジタル年表、題して「アイヌモシㇼ170年の歴史年表」づくりに取りかかりました。
ここでいう「170年」は、1850年代から現在までの期間を指しています。先住民族を〈よその国家に植民地化されたことによって、自分たちの土地・領域・資源を奪われ、個人/集団としての権利や尊厳を踏みにじられるなど、歴史的な不正義に苦しみ、みずから発展する権利を妨げられてきた人びと〉(本サイト「先住民族とは?」)と定義すると、アイヌ民族の場合、「よその国家=いずれも帝国主義を掲げる大日本帝国/帝政ロシア」の植民地化圧力によって「権利を妨げられ」だすのが、だいたいこの1850年代なのです。

もちろん、その数世紀も前から、たとえばシャクシャイン戦争敗北(1669年)やクナシリ・メナシ戦争敗北(1789年)といった重大事件のたび、戦争相手の松前藩や江戸幕府や請負業者たちが圧力を増し、アイヌの権利や自由を削いできた歴史を、現代の科学(歴史学・考古学・文化人類学など)は実証しています。それらをアイヌ先住権と呼ぶことに戸惑いはありませんが、そこまで手を広げるのは今後の宿題にして、いまはとりあえず、直近の5~6世代分、18世紀なかばから現在までの170年間にピントを合わせて年表を組んでみました。

まず、手元に集めた歴史書を頼りに、「いつ・どこで・だれが・何をした」のリストをつくりました。上に挙げた『いま学ぶアイヌ民族の歴史』や『アイヌ民族の歴史』は、最初に参照した書籍です。北海道史研究協議会編『北海道史事典』(北海道出版企画センター、2016年)や北海道『新北海道史』(1973年)、インターネット上のウィキペディアといった新旧のリファレンス(調べもののためにつくられた本/ウェブサイト)の助けも借りました。

「森・川・海の」と銘打つプロジェクトですから、自然環境(の改変)をめぐる事件は特に盛り込みたいと考え、萱野茂・田中宏編『アイヌ民族ト°ン叛乱 二風谷ダム裁判の記録』(三省堂、1999年)、山田伸一『近代北海道とアイヌ民族 狩猟規制と土地問題』(北海道大学出版会、2011年)といった特定ジャンルの書籍にもあたっています。
これら既存の年表から項目を抜き出して表計算ソフトのセルに打ち込んでいったら、やがて500行近い一覧表になりました。時系列でソート(並べ直し)をかけ、ひとまず「基本の年表」の体裁が整いました。

さきほど「紙の本は使い勝手が悪い」と書きましたが、こんなふうに各書籍の年表から、年月日と事件を(あえてOCR=テキスト自動読み取り装置には頼らず)せっせとキーボードで打ち直して、苦労ばかりだったかと言えば、案外そうでもありませんでした。まず、自分の年号の暗記マチガイがぞろぞろ判明しました。逆に、お手本にした文献のほうに誤植・誤記を見つけたりもしました。複数の出典をあたってクロスチェックする大切さを、自戒を込めつつここに記しておきたいと思います。

また、既存の年表をいくつも見比べると、どの著者・編者が自分の年表にどの事件を取り上げ、どの事件を削ったか、ハッキリ違いが分かります。やっぱり「この世にだれにとっても完璧な年表はありえ」ないのです。

こんなふうにつくった年表を、ctv(タブ区切り)形式で出力してご提供しています。どうぞファイルをダウンロードのうえ、表計算ソフトでご自由に編集ください。ただ、何しろ「完璧な年表はありえません」ので、このファイルも予告なしに改訂・更新しています。この作業は当分ずっと「進行中」のまま進む見込みです。

ウェブページでの公開に際しては、酪農学園大学認定ベンチャー「株式会社インターリージョン」のお力を借りました。すっきり読みやすいデジタル年表になったと思います。

このページのデータを、みなさんの「自分だけの年表作り」にお役立ていただけたら幸いです。

年表を分類してみて 七座有香(サイモンフレーザー大学考古学部博士課程)

私はこちらの年表づくりプロジェクトで、それぞれの出来事を「アイヌのできごと」「日本のできごと」「世界のできごと」と分類分けするタグ付けの作業を主に担当しました。この作業を通して、激動の時代の中でアイヌの人々が日本、そして世界の出来事とどう関わり合い、向き合ってきたのかを考えさせられました。また、3種類のタグの中から複数選択できる形で分類を進めていく中でも、こうしたタグ付けがあくまで自分の主観に基づくものであることを改めて実感しました。

平田さんが年表という資料の本質について述べられたように、出来事を分類するだけでも、自分がどのような背景や知識を持っているか、どんな方針を採るか、またそれを使う人に何を伝えたいかなど、多くの要因がタグの付け方に影響します。

皆さんにも、既存の「アイヌ」「日本」「世界」という分類にとらわれず、さまざまな視点から独自のタグ付けや分類方法を考えていただければ幸いです。

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