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アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律(1997-2019)

要旨

本法律案は、アイヌの人々の誇りの源泉であるアイヌの伝統及びアイヌ文化の置かれている状況にかんがみ、アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及び啓発を図るための施策を推進しようとするものであって、その主な内容は次のとおりである。

1 アイヌ文化とは、アイヌ語並びにアイヌにおいて継承されてきた音楽、舞踊、工芸その他の文化的所産及びこれらから発展した文化的所産をいう。

2 国は、アイヌ文化を継承する者の育成、広報活動の充実、調査研究の推進等アイヌ文化の振興等を図るための施策の推進等に努めなければならない。また、地方公共団体は、当該区域の社会的条件に応じ、アイヌ文化の振興等を図るための施策の実施に努めなければならない。

3 国及び地方公共団体は、アイヌ文化の振興等を図るための施策を実施するに当たっては、アイヌの人々の自発的意思及び民族としての誇りを尊重する。

4 内閣総理大臣は、アイヌ文化の振興等を図るための施策に関する基本方針を定めなければならない。

5 政令で定める都道府県は、基本方針に即して、当該都道府県におけるアイヌ文化の振興等を図るための施策に関する基本計画を定める。

6 北海道開発庁長官及び文部大臣は、アイヌ文化の振興等に関する業務を行う民法法人を、全国を通じて一に限り指定することができる。

7 北海道旧土人保護法及び旭川市旧土人保護地処分法を廃止する。

8 この法律は、公布の日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

参議院「第140回国会概観」から引用

附帯決議

政府は、アイヌの人々が置かれてきた歴史的、社会的事情にかんがみ、アイヌ文化の振興等に関し、より一層国民の理解を得るため、次の事項について適切な措置を講ずべきである。

一 アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現に資するため、アイヌ文化の振興等の施策の推進に当たっては、アイヌの人々の自主性を尊重し、その意向が十分反映されるよう努めること。

一 アイヌの人々の民族としての誇りの尊重と我が国の多様な生活文化の発展を図るため、アイヌ文化の振興に対しては、今後とも一層の支援措置を講ずること。

一 アイヌの人々の人権の擁護と啓発に関しては、「人種差別撤廃条約」の批准、「人権教育のための国連10年」等の趣旨を尊重し、所要の施策を講ずるよう努めること。

一 アイヌの人々の「先住性」は、歴史的事実であり、この事実も含め、アイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発の推進に努めること。

一 現在、行われている北海道ウタリ福祉対策に対する支援の充実に、今後とも一層努めること。

右決議する。

参議院「第140回国会概観」から


解説

第140回国会で1997(平成9)年5月8日成立、1997(平成9)年5月14日公布。通称は「アイヌ文化振興法」。2019年4月19日、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律(アイヌ施策推進法)」成立にともない廃止。

日本の対アイヌ政策について定めた法律は、長らく北海道旧土人保護法(1899-1997年)と旭川市旧土人保護地処分法(1934-1997年)しかありませんでした。1970年代から1980年代にかけて、アイヌ民族を中心に新しい法律を求める声が強まり、アイヌ団体「社団法人北海道ウタリ協会」は1984年春の総会で独自の「アイヌ民族に関する法律(案)」を採択。北海道知事や北海道議会もおおむね賛同し、旧法の廃止と、新法の制定を求める運動が展開されました。

政府はなかなか応じませんでしたが、1994年7月、平取町二風谷在住の萱野茂さんがアイヌ民族として初めて国会(参議院)議員に当選したのをひとつのきっかけに、1995年3月、村山富市内閣の五十嵐広三官房長官が私的諮問機関「ウタリ対策の在り方に関する有識者懇談会」を設置。その答申を経て1997年春、第2次橋本龍太郎内閣が提出した「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」案を、国会が可決しました。

この法律によって、アイヌ固有の権利(先住権)はいくばくか回復したでしょうか? 

ウタリ協会の法案(1984年)が、「差別の絶滅と基本的人権の確立」「国会などでのアイヌ議席の確保」「教育・文化継承の促進」「経済的自立の促進」「民族自立化基金の創設」「アイヌ民族政策に責任を持つ審議機関の設置」をうたっていたのに対し、1997年法はこれらのうち「文化継承の促進」を除くすべてを採用しませんでした。森・川・海のアイヌ先住権研究プロジェクト代表の上村英明・恵泉女学園大学名教授は、〈この法律の波及効果として、アイヌ民族の文化活動がしやすくなったことを否定しない〉と述べつつ、〈基本的な問題は、先住権の議論を始めるには、「国民」のアイヌ文化・伝統に対する理解を広げることが前提とされたことだろう。女性の権利を議論するためには、男性の理解が必要というに等しく、権利侵害側の視点を軸にした本末転倒な議論である。〉⁠1と批判しています。

この法案を審議した1997年の第140回国会参議院は、〈アイヌの人々の「先住性」は、歴史的事実〉と附帯決議を行なったものの、アイヌ民族を先住民族とは認定しませんでした。国会が「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」をくだすまで、さらに11年間、2008年6月6日を待たなくてはなりません。

平田剛士 フリーランス記者

1 上村英明「はたして国内法はアイヌ民族を支えてきたのか」、小坂田裕子ほか編『考えてみよう先住民族と法』信山社、2022年、p212

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