さっぽろ自由学校「遊」2025年後期 講座「先住民族の森川海に関する権利7―先住民族の権利と国・企業の責任」開講中

現代語訳・鹿猟規則(1876年)

法令ID番号:01605241
明治9年11月11日  開拓使乙第11号布達
〔消滅〕:明治11年6月29日 開拓使乙第20号布達 鹿猟規則改定
https://dajokan.ndl.go.jp/#/detail?lawId=01605241

https://www.digital.archives.go.jp/img/1384891
原文現代語訳
十一月十一日1876(明治9)年
北海道鹿猟規則北海道鹿猟規則
開拓使布達開拓使布達
乙第十一号乙第11号
当使管内鹿猟規則別冊ノ通相定本年ヨリ施行候条此有布達候事 十一月十一日 開拓開拓使の管轄内で、「鹿猟規則」を別冊のように制定し、今年(1876年)から施行します。このことを布達します。1876(明治9)年11月11日 開拓
北海道鹿猟規則北海道鹿猟規則
鹿ハ北海道物産ノ一ニシテ其利タル少シトセス然ルニ従来猟法制限ナキニ因テ妄猟濫殺繁殖ノ法ヲ欠クノミナラス自然其種ヲ減シ其ノ聲價ヲ落シ人民モ又遂ニ其利ヲ失フニ至ラントス故ニ之ヲ保護シ永ク其利ヲ失ハサラシメンカ為メ茲ニ規則ヲ設クルヿ左ノ如シシカは、北海道産の自然資源であり、資源としての価値は低くない。しかしこれまで狩猟規制がなかったために野放図な狩猟が行なわれ、乱獲が起き、〈シカを〉繁殖させる手段を欠いていただけでなく、シカが減り、評判も落ち、住民たちにとっても、その利益を失ってしまいかねない状況である。そこでシカを保護し、この先も長く利益を失わないようにするため、ここに以下の規則を制定する。
第一条第1条
免許鑑札ナクシテ鹿猟ヲナスハ自今之ヲ禁ス無免許でシカを狩猟することを、これからは禁止する。
第二条第2条
鹿猟志願ノ者ハ左ノ書式ニ照準シ地方庁〈原文は以下割注〉本支庁ヲ云フ以下之ニ倣フ〈割注ここまで〉ヘ願書差出シ免許鑑札ヲ受クヘシ但免許鑑札ハ職猟ノ者ニ限リ之ヲ与フヘシシカの狩猟を希望する人は、以下に掲げる書式に従って申請書類を作成し、地方庁(本庁・支庁を指す。以下同じ)に提出して、免許・鑑札を受けなさい。(官は)免許鑑札を、職猟者に限定して発給すること。
第三条第3条
鑑札ヲ受ルニハ一枚ニ付金二円五拾銭ツ丶ノ猟業税ヲ納ムヘシ但旧蝦夷人ニ限リ当分納税ニ及ハス鑑札を受けとる際には、鑑札一枚につき2円50銭ずつの狩猟税を納付しなさい。ただし、アイヌ民族に限っては、当面の間、免税とする。
第四条第4条
猟者ノ員ハ年々六百名ト定メ満員ノ後願出ル者ヘハ鑑札ヲ与エス狩猟者の定員は、最大600人までと定める。出願者数がこの定員に達したら、その後の出願者には鑑札は発給しない。
第五条第5条
免許鑑札ヲ受ケタル者ト雖モ毒矢ヲ以テ猟殺スルヲ禁ス免許鑑札を受けた人であっても、毒矢を使用してシカを捕殺してはならない。
第六条第6条
鑑札ハ一期限ノミ効アリトス但一巳ノ用トナスヘキモノニシテ貸借売買譲受スルヲ禁ス鑑札の有効期限は1シーズンとする。鑑札は特定の個人に発給されるものなので、貸したり借りたり、売ったり買ったり、譲り受けたりしてはならない。
第七条第7条
猟業ハ十一月一日ヨリ翌年二月廿八日〈原文は以下割注〉閏年ハ廿九日〈割注ここまで〉マテヲ一期限トシ右期限ノ外ハ出猟ヲ禁ス但免許鑑札ハ毎年三月五日限リ最初受取タル地方庁ヘ返納スヘシシカの狩猟期間は、11月1日から翌年2月28日(閏年の場合は29日)までを1シーズンとする。これ以外の期間は出猟してはならない。免許・鑑札は、毎年3月5日までに、最初にその免許・鑑札の交付を受けた地方庁に返納すること。
第八条第8条
十六歳未満ノ幼者及此規則ヲ犯シタル者並山林等ノ監守者ヘハ鑑札ヲ与フヘカラス16歳未満の子ども、この規則に違反した人、山林などの監守者には、鑑札を渡してはならない。
第九条第9条
鑑札所持ノ者タリトモ人家ヲ距ル五十間以内及ヒ作物植付並禁猟制札ノ場所等ニ於テ発砲スヘカラス鑑札を持っている人であっても、人家から50間(90.1m)以内のエリア、作物が植え付けてあるところ、また「禁猟制札」のある場所などでは発砲してはならない。
第十条第10条
此規則ヲ犯ス者ハ三円ヨリ少ナカラス二拾円ヨリ多カラサル罰金ヲ科スヘシこの規則に違反した人には、3円以上、20円以下の罰金を科す。
第十一条第11条
犯則ノ者ヲ他ヨリ訴出事実取糺シノ上相違ナキニ於テハ其ノ賞トシテ犯人罰金ノ半ヲ与フヘシ〈この規則の〉違反者を通報し、事実を調べて間違いのないことが確認されたら、通報者には違反者の罰金額の半分を報奨金として与えること。
但右出訴ニ属スル諸入費ハ犯人ヨリ償ハシムヘシ届け出るためにかかった諸費用は違反者に賠償させること。

先住民族アイヌに対する「同化政策」の多くは、開拓使(1869-1882)が出した「布達(ふたつ)」や「達(たっし)」によって実行されています。そこにはなんと書いてあったのか――?
開拓使が発した法令は、明治政府が『開拓使事業報告』『法令全書』『開拓使布令録』といったインデックスにまとめています。国立国会図書館が運営する検索サイト「日本法令索引〔明治前期編〕」を利用すると、それらインデックスから目当ての法令ページを探して、デジタルスキャン画像を閲覧できます(このページ冒頭の法令ID番号も、「日本法令索引 明治前期編」の分類に基づいています)。
とはいえ、明治初期の高級役人たちが作った法令は、候文(そうろうぶん)スタイルで書かれていて、現代の私たちには一目ではなかなか理解できません。そこで、冒険的なことは承知の上で、だれにでも読みやすいような現代語訳を試みました。
当時の法令文には、先住民族に対する攻撃的・否定的な表現が数多く見られます。現代の私たちが読むと、人種主義に根ざしたヘイトスピーチそのものに映りますが、当時の日本政府による先住権侵害ぶりをあらわす「動かぬ証拠」として、あえてそのまま訳出しました。(平田剛士)

  • URLをコピーしました!
もくじ