平田剛士 フリーランス記者
この5月、別々の新聞に掲載された2本のエッセイが、奇しくも同じテーマを扱っていました。ひとつは、小説家の李琴峰さんによる「LGBT迫害から立ち上がる シドニーで見た歴史への敬意」(『朝日新聞』2023年5月12日付け)。もうひとつは、名桜大学准教授の半嶺まどかさんの「先住民族の伝統へ敬意 豪州 土地の歴史」(『沖縄タイムス』2023年5月23日付け)です。
おふたりとも、最近オーストラリアに滞在したおり、ある「儀式」(李さん)に遭遇します。その儀式とは、「先住民族の土地であることの確認(Acknowledgement of Country)」(李さん)とか、「Land Acknowledgement(領土の承認)」(半嶺さん)とか呼ばれるもの。人が集まるイベントのさい、スピーチの冒頭にこのアクノリッジメント(承認・認知)を述べることが、各地市民の間で広く習慣化している、というのです。
具体的には、たとえばこんな口上です。
「私たちが今日集まったこの場所の土地と水の伝統的な所有者は、アボリジナルとトレス海峡諸島の先住民であることを確認します。この地は過去も現在も、そして将来にわたり、先住民の土地であることを確認します」(李さんの上記エッセイから)
アボリジナルとトレス海峡諸島民は、どちらもオーストラリア政府が「オーストラリアの先住民族 Australia’s Indigenous people」と承認している人びとです。オーストラリア先住民族の被支配の歴史をざっくりふりかえっておくと、
1788年〜1830年代 イギリス帝国による「侵略の時代」
1830年代〜1920年代 定住者による先住民族「虐殺と絶滅の時代」
1850年代〜1930年代 政府による先住民族「保護隔離政策の時代」
1930年代〜1970年代 政府による先住民族「同化政策の時代」
——と、200年以上にわたって非常な苦難を強いられてきました1。しかし1960年代からは権利回復運動の成果が現れ出します。2008年2月、ケヴィン・ラッド首相(当時)が、自国の先住民族に公式に謝罪した2、というニュースは、かの国の進歩性を内外に印象づけました。
そんな「先住民族政策の先進国」で習慣化しているランド・アクノリッジメントなる「儀式」を、こちら北海道でもやってみたい、と思いました。で、さっそく作文してみました。
「まず、みんなで確かめ合いましょう。
ここヤウンモシㇼ=北海道島を含むアイヌモシㇼの大地、
森と川と海、そして光と風と水は、伝統的にアイヌ民族のものです。
昔も今も、これからも、それは変わりません」
和人の私が、北海道で、あいさつの冒頭にこれを読み上げたら、集まったみんなはどんな顔をするでしょう? 土地を買って北海道に住んでいる和人の中には、怒りだしてしまう人がいるかも知れません。アイヌからは「土地を返すアテもつもりもないくせに、無責任なことを言うな」と、やっぱりお叱りを受けるでしょうか。スルーされたら、もっと残念です。
ちょうどオーストラリア滞在中の木村真希子さん(市民外交センター)に調べてもらったところ、かの国の人びとの間でランド・アクノリッジメントの「儀式」が広がりだしたのは、1990年代以降のようです。はじめ式典のスピーチなどで語られだし、やがて連邦政府機関の建物に文言が掲げられるようになって、今では地方の役場や学校などにふつうに碑文が建っているそうです。
オーストラリア国立「アボリジナルとトレス海峡諸島民」研究所(AIATSIS)のウェブサイトに表示されるアクノリッジメント。「AIATSISは、すべてのアボリジナルとトレス海峡諸島民が、国の伝統的な管理者であることを認めます。また、すべてのアボリジナルとトレス海峡諸島民が、土地・海・文化・コミュニティとつながり続けていることを確認します。これまでの、そして現在の年長者のみなさんに敬意を表します。」2023年6月5日閲覧。
オーストラリアがたどってきた道をもう一度ふりかえっておくと、1993年制定の「先住権原法 An Act about native title in relation to land or waters, and for related purposes」が、同国の法律として初めて〈先住民族が植民地化の開始時に有していた権利の法的根拠を示し、伝統的にかかわってきた特定の土地または水域の権利と利益、すなわち利用権を認め〉ます3。連邦最高裁が下した有名な「マボ判決 Mabo v Queensland (No 2)」(1992年6月)4を受けての立法でした。先住民族の粘り強い復権運動・法廷闘争が、まず司法・立法・行政機関を動かし、ついでセトラー(入植者)社会で〈この地は過去も現在も、そして将来にわたり、先住民の土地である〉という意識づけが進んでいった、という流れにみえます。
ひるがえって日本では、アイヌ施策推進法(2019年)が初めてアイヌを先住民族と明記したものの、先住権原の承認どころか、政府や地方自治体(北海道)は、たとえばいま、地元の河川で自由にサケを捕獲する権利についてすら、「実定法上の権利として観念することができない」5と全否定しています。
しかし、それでも北海道でこの「儀式」を始めてみたい、と私は思います。
セトラーの側が〈迫害の歴史を決して忘れまいという強い意志〉のもと〈過ちを認めてはじめて和解が可能になる〉と、李さんは記しています。私もそう思います。自分と同じ和人のみなさんに「われわれもぜひそうしよう」と呼びかけたいし、自分たちの行政・司法・立法機関が「先住民族の権利」を無視し続けていることを、少なくとも自分(たち)は自覚しています、とアイヌのみなさんにもお伝えしたい。
たとえば、いま細切れに区画され、「不動産」「固定資産」と称してそれぞれ所有者が設定されているこの島の土地を、これからどう“再設定”すれば、UNDRIP25-32条のいう「土地に関する権利」をアイヌに保障できるのか、答えの用意はまだないけれど、答えを探すアクションは、だれだっていつだって、起こせます。その気持ちを切らさないための「自戒の儀式」だと、分かってほしい——。
こんど人前であいさつする機会があったら、私はさっき掲げた自作のアクノリッジメントを読み上げるつもりです。どんな反応が返ってくるか(こないのか)、またご報告します。
2023年6月5日
参照文献
- 友永雄吾「オーストラリア 法は先住民族の権利と国の利益をどのように両立できるか」小坂田裕子ほか編『考えてみよう 先住民族と法』p95、信山社、2022年 ↩︎
- Text of the Apology to the Stolen Generations Delivered by Prime Minister Kevin Rudd
2008年2月13日
「盗まれた世代」への謝罪演説
オーストラリア連邦首相 ケヴィン・ラッド
申し上げます。
まず、人類史最古の文化を引き継いでこられたこの土地の先住民族のみなさんに、敬意を表します。
われわれはかつて先住民族のみなさんを虐待していました。われわれはそのことを反省しています。
とりわけ「盗まれた世代」のみなさんにしてしまったひどい仕打ちを、深く反省しています。われわれは、自分たちの国の歴史書におぞましい一章をつけ加えてしまいました。
これから信頼を回復して未来に進んでいくには、過去の過ちの数々をオーストラリアの歴史書に書き記してから、新しいページをめくるしかありません。
われわれは、歴代の議会や政府、法律や政策が、同じオーストラリア国民であるみなさんに、深い悲しみ・苦しみ・喪失を強いてきたことを謝罪します。
なかでも、アボリジナルとトレス海峡諸島民の子どもたちを家族から引き離し、地元のコミュニティから連れ去ってしまったことを謝罪します。
「盗まれた世代」のみなさんやそのご子孫、また、子どもを連れ去られたご家族のみなさんに、痛みと苦しみを与え、傷を負わせてしまって、申しわけありませんでした。
子どもたちを奪われたお母さん・お父さん、お兄さんやお姉さん、家族やコミュニティを崩壊させてしまって、申しわけありませんでした。
先住民族のみなさんを侮辱し、みなさんの誇りを傷つけ、みなさんの文化を貶めてしまい、申しわけありませんでした。 この謝罪が、傷ついたオーストラリアをこれから治療していこうというわれわれオーストラリア議会の決意の表れである、と受け取っていただければ幸いです。
われわれはきょう、こうして過去を確認することを最初のステップとして、すべてのオーストラリア国民のみなさんにこんな未来をお約束します。
われわれオーストラリア議会は、かつてのような不正義をもう二度と繰り返しません。
平均寿命・学歴・経済状況に示される先住民族と非先住民族との間の格差の解消に向けて、双方それぞれの決定を尊重します。
未解決のままの諸問題に対して、間違いを犯してしまった古いアプローチから脱却し、新しい解決方法を模索します。
お互いに信頼し合い、お互いに歩み寄り、お互いに責任を果たし合うことを土台にします。
そして、すべてのオーストラリア国民が、出自にかかわらず、真に平等なパートーナー同士となり、立場もかかわり方もみんなが平等なかたちで、このすばらしい国、オーストラリアの歴史の次の一章を一緒につくりあげていく——そんな未来です。(原文英語。日本語訳:平田剛士)
https://www.dfat.gov.au/people-to-people/public-diplomacy/programs-activities/Pages/text-of-the-apology-to-the-stolen-generations
2023年6月3日閲覧 ↩︎ - 友永、前掲書p103 ↩︎
- The Mabo Case/ The Australian Institute of Aboriginal and Torres Strait Islander Studies
マボ事件のキーポイント
マボ事件は、オーストラリアにおける特筆すべき司法事件です。トレス海峡に浮かぶマレー諸島(メル島・ダウア島・ワイア島を含む)の先住民族(traditional owners)であるメリアムの人びとの土地権(land rights)が確認されました。 マボ事件は、植民地化の時代の「オーストラリアはテラ・ヌリウス(terra nullius=無主の地)」という無根拠な設定をひっくり返すことに成功しました。
オーストラリアには、数千年前から先住民族(Indigenous peoples)がそれぞれ自分たち自身の法律や慣習のもとで土地に関する権利を享受しながら暮らしてきたことを、最高裁判所が認めました。この判決から12カ月後には、先住権原法(the Native Title Act 1993 (Cth) )が可決成立しました。
この事件の原告は、メリアム人のエディ・コイキ・マボさん、レヴァレンド・デイヴィッド・パシさん、サム・パシさん、ジェイムズ・ライスさん、セルイア・マポ・セイルさん。原告団名簿の最初にエディ・コイキ・マボさんの名前があったので、やがて「マボ事件」と呼ばれるようになりました。(原文英語。日本語訳:平田剛士)
https://aiatsis.gov.au/explore/mabo-case
2023年6月5日閲覧 ↩︎ - 国・北海道「サケ捕獲権確認請求事件被告ら第2準備書面」(2021年5月31日)
http://www.kaijiken.sakura.ne.jp/fishingrights/complaint.html
2023年6月5日閲覧 ↩︎