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北海道ウタリ協会 野村義一理事長 1992年12月10日国連総会「世界の先住民の国際年」記念演説

各国の政府代表部の皆さん、そして、兄弟姉妹である先住民族の代表の皆さんにアイヌ民族を代表して、心からごあいさつを申し上げます。また、ここに招待してくださったブトロス=ブトロス=ガリ国連事務総長、そして、アントワーヌ=ブランカ国連人権担当事務次長に対し心から御礼を述ぺたいと思います。

本日は国際人権デーですが、1948年に世界人権宜言が採択されて45周年の、人類にとって記念すべき日に当たります。また、国際先住民年の開幕の日として、私たち先住民族の記憶に深く刻まれる日になることも間違いありません。

これに加えて、本日12月10日が、北海道、千島列島、樺太南部にはるか昔から独自の社会と文化を形成してきたアイヌ民族の歴史にとっては、特に記念すぺき日となる理由がもう一つ存在します。すなわち、それは、ほんの6年前の1986年まで、日本政府は私たちの存在そのものを否定し、日本は世界に類例を見ない「単一民族国家」であることを誇示してきましたが、ここに、こうして国連によって、私たちの存在がはっきりと認知されたという事であります。もし、数年前に、このような式典が開かれていたとすれば、私は、アイヌ民族の代表としてこの演説をすることは出来なかったことでしょう。私たちアイヌ民族は、日本政府の目には決して存在してはならない民族だったのです。しかし、ご心配には及びません。私は決して幽霊ではありません。皆さんの前にしっかりと立っております。

19世紀の後半に、「北海道開拓」と呼ばれる大規模開発事業により、アイヌ民族は、一方的に土地を奪われ、強制的に日本国民とされました。日本政府とロシア政府の国境画定により、私たちの伝統的な領土は分割され、多くの同胞が強制移住を経験しました。また、日本政府は、当初から強力な同化政策を押し付けてきました。こうした同化政策によって、アイヌ民族は、アイヌ語の使用を禁止され、伝統文化を否定され、経済生活を破壊されて、抑圧と収奪の対象となり、また、深刻な差別を経験してきました。川で魚を採れば「密漁」とされ、山で木を切れば「盗伐」とされるなどして、私たちは先祖伝来の土地で民族として伝統的な生活を続けていくことができなくなったのです。これは、何処の地でも先住民族が共通に味わわされたことであります。第二次世界大戦が終わると、日本は民主国家に生まれ変わりましたが、同化主義政策はそのまま継統され、ひどい差別や経済格差は依然として残っています。私たちアイヌ民族は、1988年以来、民族の尊厳と民族の権利を最低限保障する法律の制定を政府に求めていますが、私たちの権利を先住民族の権利と考えてこなかった日本では、極めて不幸なことに、私たちのこうした状況についてさえ政府は積極的に検討しようとしないのです。

しかし、私が今日ここにきたのは、過去のことを長々と言い募るためではありません。アイヌ民族は、先住民のための国際年の精神にのっとり、日本政府および加盟各国に対し、先住民族との問に「新しいパートナーシップ」を結ぶよう求めます。私たちは、現存する不法な状態を、我々先住民族の伝統社会のもっとも大切な価値である、協力と話し合いによって解決することを求めたいと思います。私たちは、これからの日本における強力なパートナーとして、日本政府を私たちとの話し合いのテーブルにお招きしたいのです。これは、決して日本国内の問題にだけ向けられたものではありません。海外においても、日本企業の活動や日本政府の対外援助が各地の先住民族の生活に深刻な影響を及ぼしています。これは、日本国内における先住民族に対する彼らの無関心と無関係ではありません。新しいパートナーシップを経験することを通して、日本政府が、アイヌ民族に対するだけでなくすべての先住民族に対して責任を持たねばならないことを認識されるものと、私たちは確信を抱いております。

日本のような同化主義の強い産業社会に暮す先住民族として、アイヌ民族は、さまざまな民族根絶政策(エスノサイド)に対して、国連が先住民族の権利を保障する国際基準を早急に設定するよう要請いたします。また、先住民族の権利を考慮する伝統が弱いアジア地域の先住民族として、アイヌ民族は、国連が先住民族の権利状況を監視する国際機関を一日も早く確立し、その運営のために各国が積極的な財政措置を講じるよう要請いたします。アイヌ民族は、今日国連で議論されているあらゆる先住民族の権利を、話し合いを通して日本政府に要求するつもりでおります、これには、「民族自決権」の要求が含まれています。しかしながら、私たち先住民族がおこなおうとする「民族自決権」の要求は、国家が懸念する「国民的統一」と「領土の保全」を脅かすものでは決してありません。私たちの要求する高度な自治は、私たちの伝統社会が培ってきた「自然との共存および話し合いによる平和」を基本原則とするものであります。

これは、既存の国家と同じものを作ってこれに対決しようとするものではなく、私たち独自の価値によって、民族の尊厳に満ちた社会を維持・発展させ、諸民族の共存を実現しようとするものであります。アイヌ語で大地のことを「ウレシパモシリ」とよぶことがあります。これは、「万物が互いに互いを育てあう大地」という意味です。冷戦が終わり、新しい国際秩序が模索されている時代に、先住民族と非先住民族の間の「新しいパートナーシップ」は、時代の要請に応え、国際社会に大いに貢献することでしょう。この人類の希望に満ちた未来をより一層豊かにすることこそ私たち先住民族の願いであることを申し上げて、私の演説を終わりたいと思います。

イヤイライケレ。有り難うございました。


野村義一(のむら・ぎいち)
1914(大正3)年白老町生まれ。
1960(昭和35)年、社団法人北海道ウタリ協会常務理事兼書記長に就任。
1914(昭和39)年、理事長に就任、現任に至る。
1987(昭和62)年~1992(平成4)年先住民に関する国連作業部会。
1988(昭和63)年~1989(平成元)年国際労働機関(IL0)総会に出席する。

このページでご紹介しているテキストは、1987年6月から2000年11月にかけて、社団法人北海道ウタリ協会(現・公益社団法人北海道アイヌ協会)が、国際連合の会議に参加して発表した声明、報告、発表・演説の全文です。社団法人ウタリ協会『国際会議資料集』(2001年2月28日発行)を底本としました(明らかな誤植を修正しています)。この資料集には英訳が併記されていますが、ここでは日本語のパートのみ転載しています。(森・川・海のアイヌ先住権研究プロジェクト)

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