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わたしたちの歴史観

アイヌは〈日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族〉1です。1869年、列島最大の本州島に首都(京都、のちに東京へ遷都)を置く日本政府は、帝政ロシアの東進圧力を背景に、列島北部の島々に、新しく北海道・樺太州と名前をつけて行政区画を設定し2、事実上の領土宣言をしました。しかし、先住民族(アイヌなど)に対する同意形成(FPIC=free, prior and informed consent)3はなく、それまでアイヌが個人として、また集団として保持していた諸権利の処遇について、協定・条約など文書契約を結ぶこともしませんでした。

政府は北海道内国化の直後から、土地だけではなく、河川・海浜およびそこから産する自然資源に対しても、経済開発を前提とした管理体制の強化を図ります。たとえば1875年、政府は海面国有を宣言し、借区料徴収を条件に申請者に免許を交付する漁業制度を新たに導入しました4。また開拓使(北海道政策を管轄する太政官直属の行政機関。1869年、東京に設置)5による川でのサケ漁規制6や、森林でのエゾシカ猟規制7が、ともに1876年に制定・実行されています。

アイヌ民族は川サケをシペ(本当の食べ物)8、エゾシカをユㇰ(獲物)と呼び9、いずれも主食として、あるいは交易品として重用していました。また森林内で多様な植物を採取し、食料・建材・衣料材などの生活必需品、また宗教儀式などのために巧みに利用していました10。しかし、日本政府による規制が敷かれた後は、規制を破って捕獲・伐採しているのが発覚すれば、アイヌであろうとなかろうと、商用であろうと自家消費のためであろうと、「密漁/密猟者」として検挙11、あるいは「盗伐者」として排斥されるようになりました12

1945年の第二次世界大戦敗北時に、日本国は樺太州=サハリン島南部における主権を放棄しましたが、日本領のままの北海道では、現在も同様の状況が続いています。2007年に国連が「先住民族の権利に関する宣言(UNDRIP)」を採択したのを受け、日本政府は2008年、「UNDRIPを参照しつつ……総合的な施策の確立に取り組む」13と表明しました。しかしアイヌ施策推進法(2019)は、政府に対し、UNDRIPが規定するアイヌ集団が伝統的に所有・占有ないしその他の手段で使用・取得していた土地・領域・自然資源に対する先住民族の権利14保障を義務づけていません。

同法施行からわずか数カ月後、北海道オホーツク地方の藻鼈川で先住権を主張して法定手続きなしにサケ2尾を捕獲した地元の紋別アイヌ協会リーダーらを、北海道警察は、19世紀の川サケ漁規制を引き継ぐ現行の水産資源保護法(1964年制定)に基づき、密漁容疑で書類送検しました(不起訴)15

また2020年夏には、北海道十勝地方のラポロアイヌネイションが、地元・浦幌十勝川でのサケ捕獲権の確認を求めて、札幌地方裁判所に提訴しました16。しかし、被告となった日本国・北海道は、「(原告の主張を)実定法上の権利として観念することができない」17と反論しています。これらの事件は、水産資源をめぐるアイヌ先住権に対する日本政府の最新の方針を露わにしました18

国有林は、北海道島内の森林面積55,360㎢の55.3%を占めています19。アイヌ施策推進法(2019)は、既存の林産物共用制度を、アイヌの伝統儀式や文化振興のための植物採取に適用する、と述べています(第16条)。しかし、実用性を欠き、現在までの実例はごくわずかです。またこの制度には、エゾシカをはじめとする森の狩猟鳥獣の捕獲は含まれていません。

私有林は、北海道の森林面積のうち27.9%を占めています。大規模な森林所有者は、日本の巨大企業です。これらの企業は、19世紀から20世紀にかけて、日本の植民地主義に根ざした開発政策を背景に、原材料供給源として島内の広大な森林を取得しましたが20、そのさい、先住民族に同意形成(FPIC)を実施した形跡はありません。

国際的な森林認証制度は、森林管理者に対し、UNDRIPに基づく基準遵守を認証条件としています。北海道島内の森林のうち、FSC認証林は3カ所、430㎢で、これは島内の森林面積の0.8%21に過ぎません。

SGEC-PEFC認証林は67カ所、合計およそ14,100㎢で、島内の森林の25%にあたります22。しかしSGECの審査基準は、とりわけ先住権保障の面で厳格さを欠いています。そのため、2021年現在、北海道島内のSGEC認証林の大半で、周辺のアイヌ集団/個人に対する同意形成(FPIC)は、依然として不十分です。

現在のアイヌ人口は、少なくとも北海道内に1万数千人23、潜在的には日本国内外に合わせて「はるかに多くのアイヌ民族の数が見積もられる」24ともいわれます。現在の北海道人口はおよそ523万人で25、その主体は本州方面からの移住者とその子孫です。仮に北海道内のアイヌ人口を5万人としても、その比率は1%未満です。

脚注

  1. 「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」第1条、2019 ↩︎
  2. 榎森進『アイヌ民族の歴史』(草風館、2008年)p381-382 ↩︎
  3. United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples, article 10, 2007 ↩︎
  4. 金田禎之『実用漁業法詳解(増補8訂版)』(成山堂書店、1991年)p2 ↩︎
  5. 加藤博文ほか編『いま学ぶアイヌ民族の歴史』(山川出版社、2018年)p66 ↩︎
  6. 山田伸一『近代北海道とアイヌ民族』(北海道大学出版会、2011年)p170 ↩︎
  7. 山田伸一『近代北海道とアイヌ民族』(北海道大学出版会、2011年)p19 ↩︎
  8. 萱野茂・田中宏編『アイヌ民族ト゚ン叛乱 二風谷ダム裁判の記録』(三省堂、1999年)p140 ↩︎
  9. 知里真志保『分類アイヌ語辞典 動物篇』(平凡社、1976年)p171 ↩︎
  10. 萱野茂・清水武男『アイヌ・暮らしの民具』(クレオ、2005年)p8ほか ↩︎
  11. 萱野茂・田中宏編『アイヌ民族ト゚ン叛乱 二風谷ダム裁判の記録』(三省堂、1999年)p140 ↩︎
  12. 貝澤正『アイヌ わが人生』(岩波書店、1993年)p104 ↩︎
  13. 「『アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議』に関する内閣官房長官談話」(2008年6月6日)、内閣官房アイヌ総合政策室ホームページ https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/policy.html (2022年1月19日閲覧) ↩︎
  14. United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples, article 26, 2007 ↩︎
  15. 「朝日新聞(北海道版)」(2020年7月1日づけ) ↩︎
  16. ラポロアイヌネイション「訴状」2020年8月17日、北大開示文書研究会ウェブサイト
    http://www.kaijiken.sakura.ne.jp/fishingrights/writings/20200817raporoainunation_complaint.pdf(2022年1月18日閲覧) ↩︎
  17. 国ほか「サケ捕獲権確認請求事件被告ら第2準備書面」(2021年5月31日) ↩︎
  18. 平田剛士「日本政府が断言『アイヌに先住権はない』」『週刊金曜日1344号』(2021年)p28 ↩︎
  19. 北海道林業統計(令和3年3月 北海道水産林務部)
    https://www.pref.hokkaido.lg.jp/sr/sum/kcs/rin-toukei/01rtk.html (2022年2月4日閲覧) ↩︎
  20. たとえば三井物産株式会社「三井物産の森」(2019年)p4
    https://www.mitsui.com/jp/ja/morikids/kokugo/pdf/twopagespread.pdf (2022年2月5日閲覧) ↩︎
  21. FSCジャパン「日本国内FM認証林リスト」
    https://jp.fsc.org/jp-ja/Domestic_Certified_Forests (2022年1月19日閲覧) ↩︎
  22. https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/4/3/2/9/4/5/2/_/更新★道内取得状況(R03.03末)地図.pdf(2022年2月3日閲覧) ↩︎
  23. 北海道環境生活部「平成29年北海道アイヌ生活実態調査報告書」(2017年)p3、北海道ウェブサイト
    https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/2/2/8/9/7/0/3/_/H29_ainu_living_conditions_survey.pdf (2022年1月18日閲覧) ↩︎
  24. 公益社団法人北海道アイヌ協会ホームページ
    https://www.ainu-assn.or.jp/ainupeople/life.html(2022年1月18日閲覧) ↩︎
  25. 北海道「令和3年住民基本台帳人口・世帯数(令和3年1月1日現在)」北海道計画局統計課ホームページ
    https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tuk/index.html (2022年1月19日閲覧) ↩︎